塩引き鮭はその独特の製法と風土気候の醸し出す相乗効果で他の鮭加工製品とは隔絶の違いを生み出します。
鮭いおぼや のはなし 塩引き鮭 中村直人氏寄稿
塩引き鮭はその独特の製法と風土気候の醸し出す相乗効果で、他の鮭加工製品とは隔絶の違いを生み出します。
手間を惜しまない伝統の製法が今日まで受け継がれている、人と風土が織り成す生活文化の独自性を形成しています。鮭を食べることに、やかましい人たちが多いのも自慢といえます。
□塩引きとは‥ 塩を引くとは全体にゆき渡らせるというのが本来の意味で、その引き方 の善し悪しが味の決め手の基礎といえます。いったん塩を擦り込み(加 え)塩蔵にした後に、洗い流す(引く)製法はこの引き方の妙理として重要 な必須工程といえます。その量と時間の手加減が甘口とも辛口とも、例え ようのない多彩な風味の源となります。 燻製などの味付けをすることもなく完成された深い味わいは、生ハムの ハモンセラーノ製法に匹敵する郷土が誇る伝統風味といえましょう。
「種も仕掛けもな いんだけど、心だけ込めて作ってるんさ」と
上村八惠子さん(越後村上うおや)
□塩引きのもたらす味わいの由縁
1.塩を擦り込む(加え)ことによる効果‥‥‥‥‥‥‥‥‥塩分濃度約30%
・全体的な殺菌作用
・浸透圧吸引による身(細胞)の引締め―――――旨みの凝縮
・遊離水の除去―――――――――――――水っぽさの除去
・水溶性雑味の除去――――――――――――アク味の除去
・基本的な下味付け
2.塩抜き(引く)の効果‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥塩分濃度約5%
・流水による下味以外の塩分濃度の除去
・部位ごとの塩分濃度勾配が形成される
3.丁寧な仕上げが生む効果 ・表面や皮全体を磨き上げる――――ヌメリなどのアク味の除去
・しごきなめすことによる粘化硬化―――――緩やかな干燥促進
4.自然の寒湿風干発酵かんしつふうかんはっこうによる効果‥‥‥塩分濃度約7%
・塩分濃度勾配ごとの熟成(微発酵)段階の多様性が形成される
・熟成による旨み成分である遊離アミノ酸の増量
・半乾燥状態により中期保存性が向上する
5.熟成を継続させる追熟効果‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥塩分濃度約9%
・さらなる内部細胞の引締めでアミノ酸と脂分の融合析出
・塩分濃度の上昇により長期保存性へ移行します
素材の持ち味もさることながら、これれらの製法、風干発酵、追熟による多 様性が幾く段階にも折り重なって重層をなして独特の風味が醸し出されて いきます。
冬の寒風に適度の湿度が保たれる、アジア温帯モンスーン帯に属する日 本のなかでも、日本海側の北陸以北に限られた天賦の賜物といえる由縁が ここにあります。
塩分が乾燥して結晶化することもなく、しっとりとした食感を保ち続けなが ら素材と熟成を重ねて渾然一体化しているありさまは、塩熟えんじゅくしている としか例えようがない深い風味となり、上質な風情をもたらす逸品に仕上 がっていきます。